○○先生、図書をご寄贈
先週、○○○○州立大学教授の○○○○先生から、「自分の木の下で」という、大江健三郎が初めて子どもたちに向けて書いた貴重な人生指針ともいえる書物の寄贈がありました。寄贈に先立って先生からお電話があり、「これは、ぜひ補習校の子どもたちに読んでもらいたいと、心から希望します」との熱のこもったお言葉も寄せられました。
この本は、「なぜ子供は学校に行かねばならないのか」という章で始まり素朴な疑問に、ノーベル賞作家はやさしく、深く、思い出も込めて答えています。以下、15のメッセージがたたまれていますが、それぞれのタイトルは以下の通りです。第2章「どうして生きてきたのですか?」第3章「森でアザラシと暮らす子供」第4章「どんな人になりたかったか?」第5章「『言葉』を書き写す」第6章「子供の戦い方」第7章「シンガポールのゴムマリ」第8章「ある中学校での授業」第9章「私の勉強のやり方」第10章「人の流れる日」第11章「タンクローの頭の爆弾」第12章「本を読む木の家」第13章「『うわさ』への抵抗力」第14章「百年の子供」第15章「取り返しのつかないことは(子供には)ない」第16章「ある時間、待ってみてください」
その第2章で、この書物を書く動機となった思い出を大江さんは次のように読者に語りかけます。以下に一部引用します。
私が日本に帰って来て、(中略)若い人たち、それも子供といっていい人たちに向けて文章を書くというあらためてはっきりしたものに気持ちを押し出してくれたのが、2000年の夏、長野県の高原で指揮者の小澤征爾さんと何日も話し合った、ということです。(中略)▼これまで、私には夏であれ冬であれ、静かなホテルで家内や光とゆっくり過ごす、という経験はありませんでした。それが、夜の間は暗い紫色の鉛筆のように細く巻き込んでいたキク科の草花がいちめんに黄色く開いている朝に散歩し、昼は小澤さんと話して、夜になると小澤さんとアメリカの有名なカルテットの第1ヴァイオリンだった方が若い人たちに音楽を教える――現場を見せてもらいました。弦楽四重奏や、チェロの協奏曲を指揮して、少しずつ演奏を作りあげてゆく――現場を見せてもらいました。▼私が小澤さんの指揮による、若い演奏家たちの練習を聴き、また「見もして」感動したのは、そこにエラボレーションのすばらしい実例があるからでした。まだ少女のようなヴァイオリンの弾き手、ヴィオラやチェロの若者の弾き手たちと、四重奏の演奏をしては、中断し、どのような音楽を作りたいのかを考え、そのためにどのように弾き、また仲間たちの音をどのように聴くかを、小澤さんが、本当によくわかる言葉と表情、身ぶりでみちびいてゆきます。生徒たちはしっかりした技術と練習の積み重ねでそれについてゆき――自分で作りだし――ついには、さっきより優れたものとわかる音楽を仕上げてゆきます。▼それを見守りながら、かつ音楽を楽しみながら、私にはこの若い人たちの人間そのもの、人生自体がエラボレーションを一つ達成する、その大切な時に立ち会っている、という思いもしたのでした。▼私は、小澤さんが、自分の心臓の鼓動がとまった時、これらの若い人たちの胸に新しい命がやどって動きつづけるようにと、それを心から願って教えている、と思いました。▼もう時間がない、セッパつまった気持ちなんだ、とも小澤さんはいいました。もともとヨーロッパの人間の作り出した音楽を、日本人が世界的な水準で自分のものにしてしまい、ヨーロッパの人たちにも認めさせた、その最初のひとりが指揮者小澤征爾です。かれは、それを若い人たちにつないでゆきたいと思い立って、働いているのです。世界じゅうを充実した仕事をして飛びまわる、大変な生活のなかで、この高原に来て、心から楽しそうに・・・・・・。▼そして、私には日本にいるかぎり現場で教える機会はないのですが、これまで小説家として知ってきたことを、もっとひろげて、若い人たちにつたえたい、と思いはじめたのでした。
引用文からもうかがえるように、わかりやすい言葉で、全章、この複雑な社会で苦闘しながら生きている子どもたちに、具体的な生きる態度や生き抜く知恵を噛んで含めるように語りかけています。ぜひ、子どもたちに一読するよう家庭でも話してやってください。そして、○○先生が、どのようなお気持ちからこの書物を寄贈されたか、そのお心を汲み取る話し合いが家庭でされることを希望します。
(注)エラボレーション:筆者は、この言葉が「添削」又は「推敲」よりも筆者の気持ちによりピッタリくるものとして使っています。
